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7/17 礼拝メッセージ「信仰のチェックリスト」

 主は、律法学者やファリサイ派の人々に対して、①間違ったことを伝えて、その間違いを広げていることの不幸(13節)②やもめ、さらにいえば社会的に弱い立場にある人を搾取している不幸(14節)③道理が分からず、ものの見えない案内人であることの不幸(16節)④正義、慈悲、誠実をないがしろにして、献げものに固執する不幸(23節)⑤うわべだけの信仰の不幸(25節)などを指摘されました。ただ、ここに10分の1の献げものについて記されていることは、忘れてならないと思います。キリスト教には伝統的に十一献金と呼ばれる収入の10分の1をささげるという献金の規定があります。それはユダヤ教から引き継いでいる教えです。自分の生活の中から、最初に10分の1を取り分けて、残りで家計を組み立てている兄弟姉妹がいることも知っています。見習うべき姿勢ですが、しかし、それは人に自慢するべきことでも、ましてや強要すべきことでもありません。私は一律でなくともよいと思うのです。100万円の収入がある人にとって10万円なくとも残りは90万円ですから、生活に困ることはないでしょうが、10万円しかない人にとって1万円は大きいのです。自分の良心に従ってお献げする。それも家族に迷惑が掛からないよう、節約などしてよく配慮して献げるというのが、健全な信仰者の在り方だと思うのです。

最後に主は自分が正しいと思い込んでいることの間違いを指摘されています。私たちは罪を抱えて生きている、だからこそ主の十字架の贖いが必要だし、そのように思うからこそ、そこに謙遜や謙虚な気持ちが生まれるのです。私たちの傲慢な態度、隣人を愛さない態度、それらが戦争や自然破壊を引き起こします。その代償は必ず私たち自身に返ってくるのです。